「SDGsをISO14001で回す」ための実践研修
中川 優 講師に聞く
ISO14001を活用してSDGsに効果的に取り組む自社ビジネスを通して社会課題の解決を実現
取材先:日本能率協会 ISO研修事業部 主任講師 中川 優
(オフィスグラビティー代表 SDGs2030公認ファシリテーター)
SDGsに取り組むにあたって、ISO14001の環境マネジメントシステムが役立つことをご存知でしょうか?
SDGsは企業のマネジメント全般に関係してきますが実際に取り組む際には、ISO14001のシステム、すなわち自社の取り巻く状況から自分たちの課題とそのビジネス対応を考えた上で実践し、継続的に改善していく、この仕組みが極めて有効です。さらに強調したいのは、SDGsとISO14001のそれぞれの発想が、まさに重なっている点です。
ISO14001をどのように活用するのか、その実践方法を紹介していきます。
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1. SDGsはISO14001の仕組みを活用して取り組める
Q.SDGsへの取り組みが一気に広がっていますが、ISO14001認証を取っている企業がけっこうあるようです。
「ISO14001認証を持っている企業にとっては、SDGsは決して難しいものではありません。その理由は、SDGsに取り組むにあたってISO14001の仕組みが大いに活用できるからです」――最初にこのことを強調させていただきます。
SDGs企業行動指針「SDGコンパス」で、「新たな事業成長の機会を見いだし、リスク全体を下げる」と示されている通り、SDGsは本業と関係の薄い社会貢献活動を推奨しているわけではなく、ビジネスチャンスを見極めるツールとして利用できるのです。
ではどのように利用すればいいのか?
SDGsは17目標・169のターゲットを示していますが、その進め方に決まりはありません。そのため、どのように運用すればいいか悩んでいる企業が多いようです。そこで着目して欲しいのが、ISO14001です。導入済のISO14001の環境マネジメントシステムを上手に利用することで、SDGsに効果的に対応できるのです。
Q.ISO14001をどのように活用するのでしょうか?
ISO14001のPDCA(Plan Do Check Act)のマネジメントサイクルを活用することになります。自社の取り巻く状況から自分たちの課題を把握して、ビジネス対応を考えて実行していく、この考え方は、まさにSDGsに通じるものです。
SDGsには、進め方について何も決まりはありません。一方ISO14001は、PDCAによる改善のプロセスを要求していますが、管理対象や指標は、自由に選択できます。この両者を組み合わせることで、非常に推進力のある仕掛けが実現できます。たとえばISO14001が要求する「リスク及び機会」をSDGsの目標である17項目の中から選択すれば、わざわざ別の仕組みを作らなくても、すでに回している環境マネジメントシステムのなかで容易に始められるのです。
次に注目して欲しいのは、ISO14001は企業の「戦略」を推し進めるために役立ちますが、この点もSDGsの取り組みで有効ということです。現行版のISO14001では、本業と一体化した環境活動を目指す上で、戦略面が強く打ち出されています。一方、SDGsは30年目標ですから、一連の取り組みを展開するにあたって、企業としての中長期の経営戦略のテーマと見なすことができるはずです。
では、実際にSDGsの取り組みを効果的に展開するにはどうすればいいのか、いろいろありますがポイントをひとつ紹介すると、企業の戦略部門、たとえば経営戦略、広報・IR、CSR部門が、ISO14001が定める「外部及び内部の経営課題」や「社会からの期待」を明確にして各事業部門に展開するやり方も、お勧めの仕掛けの一つです。事実、既存の中期経営計画とSDGsの17項目との紐づけ、関連性の確認を、最初に行う企業が圧倒的に多いのです。
注意したいのは、この戦略を十分に検討しないままSDGsを始めてしまうと、「できそうな対策だけが積みあがり、確実に到達できる計画が乱立する」ことです。これではSDGsの本来のねらいである社会課題の解決は実現できないでしょう。取り組みのスタートである戦略を策定する際は、現場を巻き込む仕掛けになるようにしてください。
2.「ISO14001=駆動役」「SDGs=羅針盤」の両輪で機能する
Q.両者の関係をご紹介ください。
ISO14001とSDGsの関係を分かりやすく示したのが★図表1です。「ISO14001=駆動役」「SDGs=羅針盤」の両輪として機能させるのです。この関係によって、PDCA(Plan Do Check Act)による継続的改善がなされ、意図した成果(=SDGsの17目標・169ターゲット)の達成が、より効率的に実現していきます。
また、SDGsに関心を持つ企業はISO14001認証を持っているケースが多いようですが、たとえばSDGs推進部署が自社のISO14001担当部署と連携することをお勧めします。彼らが持つ知識やマネジメントのノウハウを活用することで、SDGsの効率的かつ実効的な導入、運用が可能となるはずです。
図表1「ISO14001とSDGsの両輪関係」
3. ISO14001とSDGsとの共通項
「社会の期待に応えるシステム」「事業一体化の仕組み」「SCを通じた活動」
Q.ISO14001の仕組みに、SDGsをどのように適用すればいいのですか?
ISO14001規格は10章で構成(★図表2)されており、「外部及び内部の課題」を起点とするPDCAサイクルの構造をとっています。ここでは「外部の課題」をSDGsの課題と捉えれば、SDGsの目標を「リスク及び機会」へと連動させ、全社に展開させることができます。ISO14001は「利害関係者のニーズ及び期待」の「理解」を求めており、これはSDGsとまさに同じで「社会からの期待」を起点としたマネジメントシステムであることを意味しています。
次に、ISO14001は事業との一体化という点を重視しています。冒頭で、SDGsでは中長期の経営戦略のテーマと見なすことをお勧めしましたが、まさに自社ビジネスと絡める発想が必要です。この点でISO14001は「リーダーシップ及びコミットメント」が強調されており、環境マネジメントシステムの定義が、経営とかい離した特別な存在ではなく、本業のマネジメントシステムの一部であることを示しています。
また、環境方針のコミットメントの対象について、現行版では狭義の「環境」から「社会・環境」に拡張されていることも、SDGsで活用できることにつながっています。たとえば広く「環境保護」が対象となっていますが、ここでの「環境保護」は、持続可能な資源の利用、気候変動対策、生物多様性の保護などが対象であり、SDGsが掲げる多くの目標が含まれています。
さらに、ISO14001はライフサイクルの視点から環境側面の特定とその運用を求めており、この点もSDGsに通じています。自社だけでなく、製品の原材料の調達や、顧客の使用時の視点が必要で、対象は、「サプライチェーンを通じた社会・環境活動」となっています。SDGsの取り組みは、こうした対象の広がりの延長線上であるからです。
あと、先ほど、ISO14001は企業の「戦略」にも大いに役立つと強調しましたが、図表2で示している通り、メインとなる要求事項が、戦略を担っています。
図表2「ISO14001の規格構成」
4. ISO14001と親和性が高い「SDGコンパス」でPDCAを回す
Q.中川講師は、「SDGコンパス」の活用を推していますが、その理由を教えてください。
「SDGコンパス」がISO14001との親和性が高いからです。この「SDGコンパス」は、2016年に「SDGs導入における企業の行動指針」として、国連グローバル・コンパクト、国際的なNGOであるGRI、グローバル企業で構成される組織・WBCSDの三者で作成されました。
その中身は、企業でSDGsを実践するに当たり、その取り組みを5つのステップに分けて示していますが、これはマネジメントシステムの運用において基本となるPDCAそのものです。「SDGコンパス」に記載された実施事項と、ISO14001における要求事項の関連性をまとめると★図表3の通りです。
たとえば、ステップ2「優先課題を設定する」では、自社のバリューチェーンで、SDGsに関連するマイナスやプラスの影響を考え、最大の効果が期待できる領域を見極めて、1つ以上の指標を選択することを推奨しています。このプロセスは、まさにISO14001の「6.1 リスク及び機会への取組み」と同じ内容です。
ステップ3「目標を設定する」は、優先課題から持続可能な開発目標を設定しKPI(重要業績評価指標)の選択ですが、これはISO14001の「取組みの計画策定」(6.1.4)、「監視、測定、分析及び評価」(9.1.1)に重なります。
図表3「SDGコンパス」とISO14001の対応表
5.「ISO14001構造化チャート」を活用し「SDGs運用マップ」を作成
Q.「SDGコンパス」をISO14001にどのようにあてはめればよいのですか?
ISO14001のどこにSDGsの要素を入れ込めばいいのか、ISO14001担当者を想定して、規格に沿って紹介していきます。
ISO14001の項目ごとの関係や運用の流れを記した「ISO14001構造化チャート」(★図表4)をご覧ください。これは私が独自に開発したチャートですが使い方のポイントは、SDGsの内容を記載していくと、即席で自分たちの「SDGs運用マップ」ができあがります。「SDGコンパス」が示す各ステップとの対応も示してあるのでぜひともご活用ください。
図表4 「ISO14001構造化チャート」 ~SDGsの要素(赤字の部分)を入れた例
注: 「ステップ1~5」は、「SDGコンパス」の各ステップに対応。
では「ISO14001構造化チャート」を使っての自分達独自の「SDGs運用マップ」を作る流れをご紹介します。
まず、SDGコンパス・ステップ1「SDGsを理解する」は、「戦略ゾーン」に該当します。ここでは、外部の課題と利害関係者のニーズを基に、リスクと機会を特定することになりますが、この中の「外部の課題」欄には、自社の事業に整合するSDGsの17目標を記入してください。
ISO14001では「4.1 組織及びその状況の理解」において「外部及び内部の課題を決定しなければならない」とある通り、ここでの「外部及び内部の課題」は、環境課題のことではなく、中期経営計画や経営トップの念頭表明などで示される経営課題が当てはまります。つまり「経営課題をSDGsの視点で広く捉えてみる」ということです。(★図表5)
規格にある「利害関係者のニーズ及び期待」については、SDGsで取り上げられている社会の要請や目標と考えればよいでしょう。ここでの利害関係者とは、顧客、株主、行政、取引先、地域住民、従業員などのことで、これらの主体は総じて「社会」と捉えることができます。すなわち社会の要請に耳を澄ますことが、新たなビジネスを生み出す第一歩となるのです。
図表5 「SDGsの社会課題からリスクと機会を特定」
6.「SDGコンパス」の5つのステップ設定はISO14001の仕組みにつながる
SDGコンパス・ステップ2「優先課題を決定する」は 「計画ゾーン」に当てはまります。ここでは「6.1.4 取組みの計画策定」で規定されている通り、「リスク及び機会」「著しい環境側面」「順守義務」の3点を計画することになり、この3つから環境目標を定め、運用に落とし込んでいく流れになります。
ここの「リスク及び機会」の決定では、上場企業なら有価証券報告書「事業等のリスク」などから持ってくるのが一般的でしょう。SDGコンパスではより具体的に、事業のバリューチェーンのどこに正の影響と負の影響があるかを確認する方法を紹介しています。ポイントは、脅威(マイナス影響)よりも機会(プラス影響)を強調して記載することです。
また、「リスク及び機会」は経営トップがトップダウンで決めるのに対し、「著しい環境側面」は各部門から集めた環境側面をボトムアップで決めること、「順守義務」については法規制だけではなく社会要請を含めて広く考えること、こうした点もご留意ください。
なお、他にも注意したいのは、この段階で有効性の評価方法を考える必要がある、すなわちその取り組み自体、何を持って有効とするのか、というKPIを定めておくことが求められている点です。SDGsの169のターゲットや230の評価指標を参考に、KPIを決めておくのも一案です。(★図表6)
図表6「SDGsのターゲットを参考に目標を設定する」
たとえば、目標7「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」では、「2030年までに再エネの割合を大幅に拡大」というターゲットや、「最終エネルギー消費量に占める再エネの比率」といった評価指標が考えられるでしょう。世界全体の目標を踏まえ、自社における重要性(マテリアリティ)を考慮して目標を検討すればいいのです。この先の「評価ゾーン」では、ここで示したKPIを測定し、そのパフォーマンスを分析・評価することになるでしょう。
続くSDGコンパス・ステップ3「目標を設定する」は、文字通り「目標ゾーン」です。これまでの作業を踏まえ、具体的な目標を決めます。「6.2.1 環境目標」では、環境目標は環境方針と整合しており、測定可能であることを求めています。環境方針は、トップマネジメント(経営トップ)がコミットメントする必要がある点も注意してください。
ここでのポイントは、運用の起点となるのは経営トップということです。リーダーシップに関する「5.2 環境方針」では「組織の状況に適切」なトップマネジメントが求められています。この「組織の状況」については、「戦略ゾーン」で検討した「組織及びその状況の理解」「利害関係者のニーズ及び期待の理解」を含むもので、「SDGs対応にも適切」な環境方針との解釈が適当でしょう。(★図表7)
図表7 「運用は経営トップが起点」
ISO14001では、トップマネジメントに「環境保護に対するコミットメント」を求めていますが、ここでの「環境保護」は、広く「SDGsの社会課題」と捉えればよいでしょう。経営トップは、コミットメントした経営方針を実施・維持するためのヒト、モノ、カネといった経営資源の投入が求められ、達成するために自らがリーダーシップを発揮することが必要です。
SDGコンパス・ステップ4「経営へ統合する」において、「7 支援」の「7.3 認識」は、現場の部門長に対する要求事項が含まれます(★図表3)。ここでは、部門長が、管理下にある部下に、SDGsの重要性や自社のマネジメントシステムとの関連を「自分事」として認識させることを求めています。SDGコンパスでは、SDGs目標12「つくる責任つかう責任」を、企業の研究開発部門と調達管理部門に組み込む例を紹介しています。
7. ISO14001を活用して「自社ビジネスによる社会課題の解決=SDGs」を実践
最後のSDGコンパス・ステップ5「報告とコミュニケーションを行う」が「報告ゾーン」で、ISO14001の要求事項「7.4 コミュニケーション」が該当します(★図表3・4)。ここでは苦情対応だけでなく、利害関係者に対するニーズや期待を明確にすることにより、能動的なコミュニケーションが求められています。
SDGsの取り組みの公開・情報発信は、サステナビリティ報告書や統合報告書などを活用するのが一般的でしょう。ISO14001では「信頼性があることを確実にする」ことを求めていることからすると、投資家が知りたいのは、SDGsの取り組みを列挙した「メニュー表」ではなく、「企業価値に結びつく成果」が出ているかどうかということです。
そのためには、「経営トップの戦略に基づき、どのような数値目標を掲げ、現在どのような進捗状況にあるのか」という一貫した情報の提供がポイントとなるでしょう。報告の際は、企業のマテリアル(重要)な事項に焦点を当てるべきであると考えるのが自然です。(★図表8)
図表8 「報告とコミュニケーションを忘れない」
ここまでご紹介したポイントに沿って取り組んでいただければ、ISO14001に対応した既存の環境マネジメントシステムにSDGsの内容が組み込まれ、自然にPDCAが回るようになるはずです。
新たにSDGsに取り組むことを機に、ISO14001を現状以上に活用して、自社ビジネスを通して社会課題の解決というSDGsの本来のねらいに沿った活動を推し進めてほしいと切に願っています。
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