【審査員最前線 第3回 FSMS技術部長 関根吉家】
審査員最前線 第3回
組織自身の「強み・特長」を伸ばす
ISOシステムに向けて
審査を通してさまざまな「気づき」をお手伝い
日本能率協会審査登録センター(JMAQA) FSMS技術部長 関根 吉家
*取材時の所属・肩書になります。
今回、登場する日本能率協会審査登録センター〈JMAQA) 関根吉家 FSMS技術部長は、食品安全マネジメントシステムの審査経験についてはISO業界でも随一の実績を誇ります。その関根部長に、ISOマネジメントシステム審査全般についていろいろな話を聞きました。
インタビューは、審査におけるスタンスから現場における着眼点を含めたノウハウ、組織におけるISOの有効活用方法、さらには今後のISOの在り方など幅広い内容に展開しています。
1. ISOは「強み・特長」を伸ばし経営に役立つ
Q.まず審査に対するスタンスについて教えてください。
自分たちの「強み・特長」をISOマネジメントシステムの中に反映させ、ISOの活動を通じて強み・特長を伸ばし、組織としてさらに良くなっていただきたい、このように考えて審査を行っています。
そもそもISOシステムの活用において最も重要なのは、「経営に役立てる」ことのはずです。ISO9001の2015年版やISO22000の2018年版では「経営」という観点がより強調され、要求事項に反映されています。ISOのマネジメント規格は、ISO9001なら2000年版の頃からそういった意図をもった規格でした。私自身、当時から「経営に役立てるもの」と意識して審査に携わってきました。
ただ現実の導入例ではなかなかうまくいかないケースもあったはずです。そこで状況を大きく変えるために、ISOマネジメントシステム規格の共通様式(ハイレベルストラクチャー)が作られて2015年版や2018年版では、ISOシステムと経営との一体化がはっきりと打ち出されたと理解しています。
Q.「経営に役立てるもの」のはずがなかなかくうまくいかない。現場では手順書や記録書式を揃えて、形式的に運用されているケースもあるようです。本来の意図が誤解されている面があったのかもしれません。
たとえば「マニュアル」が典型例でしょう。ISOを導入している企業では「マニュアル」を揃えるケースが多いと思いますが、日本人にとってこの言葉には、画一的な手順やルールを作って守っていく、こうしたイメージがあるはずです。
「ISOの活動の中でマニュアルを作る」とは、「自分たちの強み・特長を伸ばす」云々というより、「画一的な対応をすること」、このように誤解されていると感じています。
Q.「マニュアル=ルールを守ること」という捉え方をされているのですね。
ルールについては、「外れないことが最優先」「必ず守ることが最優先」といった思い込みにつながっているようです。このような考えでは、ルールを守ること自体が目的となってしまっており、組織として成長する際、むしろ足かせになりかねません。
もちろんルールを守ること自体を軽視してよいわけではありません。決めたことを守るのは大切であり、審査でも、ルールがあればその通りに実施されているかどうかは確認します。
しかしながら、ルールについて大切なのは、あくまでも自分たちの強み・特長をさらに伸ばすため、あるいは確実に継承するために作る、ということです。
その意味では、効果的な成果を得るために、ルールは継続的に改善することが必要になってきます。
そもそも企業経営の戦略にとっての重要な柱のひとつには、「攻める」戦略があると思います。そこでは、各企業の強みや特長が意識された戦略が、立案され実行されているケースが多いのではないでしょうか。反対に、第一優先課題とし「守ること」を打ち出して、成長してきた組織はあまりないのではないでしょうか。
したがって、作ったルールを守ることは当たり前ですが、ルールを守ること自体が目的ではなく、経営方針に相応しいルールを常に模索すること自体が組織経営そのものであり、ISOのマネジメントシステムと言えると思います。
2. 業務インタビューから「強み・特長」を明確にして受審側と共有する
Q.「強み・特長」について詳しくうかがいます。審査のどの段階でつかむのでしょうか。
審査では「強み・特長」をできるだけ早い段階で引き出そうと試みています。本来は、組織の内部にいることで把握できるものなのですが、組織の中にいるからこそ自分たちでは気づいていないこと、外部の審査員だからこそ感じられることもあるようです。
実際に強み・特長を見つけ出すには、受審組織さまで普段やっていることをうかがうようにしています。まずはISO云々ではなく、日頃のお仕事の話についてお聞きしていきます。たとえば「現場でいま、力を入れていることは何でしょうか?」などと質問して、ご説明いただく内容を糸口にして、さらに「自分たちの仕事で誇りに思っていることはなんですか?」「お客さまから信頼されていてうれしいことはなんでしょうか?」とより詳しくうかがっていくのです。
組織の強み・特長を明確にしていくこのプロセスは、受審組織の皆さまと強み・特長を共有するためにも重要であると感じています。組織内部で理解されている特長については、比較的早い段階で共有できることが多いです。一方、自分たちで気づいていないものは、審査を進めて行く中で、実際に仕事内容を拝見したり、インタビューを重ねたりする中で共有できるようになることを経験しています。
現場で担当者とやりとりを重ねていく中で、「ここは他の会社とは違うやり方をとっていますね」「こんなことまでしっかりやられているのですね」などと分かってくるのです。
Q.強み・特長にはどんなものがありますか。
たとえば食品安全の取り組みにおいては、前提条件プログラムへの対応は「ごく当たり前」のものと考えられています。ISO22000の要求事項にもありますので、実施すること自体は当然と捉えられていると思います。ですが、この「当たり前」の活動の中に、他社には負けない特長やこだわりがあるのであれば、取引先さまにも認められる強み・魅力になってくるはずです。
実際に、新規取引を検討するお客さまに、工場で実際に前提条件プログラムがしっかり取り組まれている様子を目にしてもらうことで、信頼の獲得になり、お取引につながるケースはあるはずです。
審査員としては、この「当たり前」が、強み・特長になっているかどうか、その上で、それらについて磨きをかける仕組みに落とし込めているかどうかを見るようにしています。
Q.仕組みとの関わりについて詳しくお願いします。
現場には、強み・特長を発揮するためのやり方や仕組みがあるはずです。たとえば何らかの監視・モニタリングを行っていて、変化を事前に察知しタイムリーな対応がとられている仕組みがあるとします。この仕組みによって一定レベル以上の品質の担保につながっているなら、有効な仕組みですから、その中身を解き明かしていくのです。
●8月に開催した「FSSC22000 Ver.5 説明会」で講師を務めました。
3.「強み・特長」と仕組みの関係を明かす
Q.どのように明かしていくのでしょうか。
たとえば強み・特長に関連するような項目ついて、「“どのようにして”後輩たちに伝えていくか?」「人が代わっても”どのようにして“同じような強み・特長のある製品・サービスを提供してくのか?」などとお聞きして、実際の仕事の進め方ややり方などとの関係を確認させていただきます。
このやりとりをする中で、ある現場の人材の教育や配置に特長があって自社製品の強みが発揮できていることが分かったなら、組織全体の要員の力量管理の仕組みに落とし込めばいいでしょう。ある特定のサプライヤーさんとの関係がうまくいっていることが、最終製品の品質や食品安全の確保に関係しているなら、そのプロセスをサプライヤー管理の仕組み全体に反映させればいいのです。
他にもさまざまな質問が考えられます。たとえば「製品・サービスを作る際のポイントについて、記録として残すようになっているのですか?」「より良くするために、それらの情報をしっかり分析して改善につながるように活用していますか?」といった内容です。
Q.審査では現場でつかんだことを糸口に深堀していくわけですね。
審査現場で問題点を見つけた場合、関連しそうなプロセスに着目し、そのプロセスのインプット/アウトプットを含めて、いつ、だれが、どんなチェックを行って、その情報を前後のプロセスにどのようにフィードバックして全体の改善につなげているのか、といった一連の流れで確認していきます。
この確認の流れは、先ほどの強み・特長を発揮するための現場のやり方や仕組みを確認することと同じです。たとえば、なんらかの監視・モニタリングを行っていて、変化を事前に察知しタイムリーな対応がとられている仕組みがあるとします。この仕組みによって一定レベル以上の品質の担保につながっているなら、有効な仕組みですから、その中身を確認していくのです。あるいは製品の品質について見ていくなら、重要な特性を見つけだした上で、関連プロセスのルールに着目して、中身を確認させてもらいます。
実は、ここでの効果的と見なされる活動はISOの要求事項で求められていることばかりです。ISOシステムの仕組みは、組織のマネジメントの上でも必要とされているものとも言えるのです。
Q.審査のコミュニケーションで心がけていることを教えてください。
審査員は、審査現場で問題点を見つけた際、その事象自体の指摘はできますが、解決策を具体的に示すことはできません。そこで審査を受けていただいている側には、「何が足りないことが問題につながっているのか」ということと、ISOの要求事項の項目を絡めてご理解いただけるよう心がけています。その上で、問題箇所に対する具体的な解決策については、ご自身で考えてもらえるような展開を心がけています。
現実には、残念ながら仕組みを作ることが目的化しているケースもあるようです。たとえば、ISO9001にはサプライヤー管理に関する要求事項がありますが、中には決まりきった評価項目で仕組みを運用している場合もあります。「5段階評価で合計点が〇×点以上なら引き続き取引する」といった例などがあります。ここでの点数は根拠がない場合もあるようで、このケースでは、「今の仕組みで御社の品質は良くなっていくのですか?」などと問題提起させていただきます。
審査では、「自分達が今やっていることの意味を考えてもらい、より効果的なやり方や仕組みを探してもらう」、このような展開を考えています。
4. 日頃の業務の中からいろいろな「気づき」へ
Q.自分たちで考えてもらうことを重視しているのが分かりました。
先ほどのサプライヤーの例では、「サプライヤーさんは日常的にどんな情報のやり取りをしていますか?」「欠陥や不良があった場合、フィードバックはどういうタイミングでどんなやり方で行っているのですか?」などと聞くのです。
こうした質問を通して組織には、「〇×をやっているから、良い製品を作るための原料が調達できている」「これが供給者の管理の本来の仕組みである」などと、強み・特長に気づいてもらうようにします。
ISOのマネジメントシステムの導入メリットのひとつは、繰り返しになりますが、「自分たちの強み・特長をさらに伸ばして、お客さまから信頼を獲得する上で有効な仕組み」ということにあると思います。そのためにも、まずは自分たちの強み・特長を「再確認」していただければと考えています。
5. 内部監査で「再確認」する
Q.審査以外の場で「再確認」することはできるのでしょうか。
ひとつのやり方は、「自分たちの強み・特長は何か?」「それらを伸ばすためには、今やっている〇×は役立っているのか?」と自問自答していただく機会を設けることです。
ここでは内部監査を活用してみるのもいいでしょう。内部監査の全体テーマを「自社の強み・特長の再確認」として、「自分たちの強み・特長はどういった点で役立っていますか?」と質問して、全部門で再確認するのです。
「今まで無意識にやっていたことが、実は強み・特長につながっている」といった実例はけっこうあるはずです。内部監査を通して個々の現場で明確にして、さらにブラッシュアップしていくことができるはずです。
6. 審査を通してISO本来の意図の気づきへ
Q.今後、どんな審査を行っていきますか。ISOのマネジメントシステムとは、今まで積み重ねてきたノウハウ・経験などを、組織の財産として次世代にバトンタッチするために効果的なものであると考えています。
理想は、こうした理解が広がることでISOの持つ本来の価値を多くの企業に認めてもらい、自分たちのビジネスを伸ばすためにISOシステムを活用してもらう状況になることです。
今回、ご紹介したISOへの思いは、各組織自身が経験することで実感していただける内容です。一審査員として地道な活動になりますが、日々の審査の現場を通して、この思いが共有されることを願っています。
関根 吉家(せきね よしいえ)
日本能率協会審査登録センター(JMAQA) FSMS技術部長
薬学系大学卒業後に、1985年から食品会社に勤務し、食品全般の品質管理、品質保証に携わる。また、検査分析法の開発にも国内外の大学と共同で研究を行った。2002年から審査機関に勤務し、食品安全の分野を中心に審査活動を行うとともに審査機関の運営に携わる。