【審査員最前線 第4回 審査部 OHSMS技術部長 藤原 登紀生】
審査員最前線 第4回
マネジメントシステム審査のやりがいは
組織とともに考え抜き、成長の実感を一緒に感じること
日本能率協会審査登録センター(JMAQA) 審査部 OHSMS技術部長 藤原 登紀生
*取材時の所属・肩書になります。
ご紹介する藤原登紀生OHSMS技術部長は、食品メーカーで営業から品質管理、海外からの原材料の購買・調達業務など幅広く経験を積み、損保系事故調査専門会社では3,000件を超える調査と10,000人を超えるヒアリングを経験、中小企業診断士として企業支援実務のキャリアを経て、日本能率協会 審査登録センター(JMAQA)に入職。審査員としての経験を数多く積んで活躍し、現在、労働安全衛生マネジメントシステム規格分野の審査部門の責任者を務めています。今回、審査員としてのセールスポイントややりがい、お客さまに喜ばれる審査等について聞きました。
1. 三千件調査と一万人インタビューを通して
第三者からの信頼は客観的事実に拠ることを実感
Q.最初に審査員としてのセールスポイントを教えてください。
私の審査の強みは、業務経験に基づいています。JMAQAで審査員業務を始める前は、食品メーカー勤務の後、損害保険事故調査専門会社、そして中小企業診断士として中小企業支援の実務経験があります。
まず、JMAQAは食品安全の分野に強いので、食品安全の審査では私自身の生い立ちや食品メーカーでの経験が大いに活かされています。実家の稼業は地方商店街での惣菜店であり、漬物、煮物、揚げ物は自家製で量り売りをし、近隣の飲食店への卸業もしていました。商売人であった両親は、人当たりもよく、地域の方々に信頼されていました。そういう環境で生まれ育ったこともあって、自然の流れで食品メーカーに就職しています。そこでは品質管理業務、営業業務全般、海外からの原材料の購買・調達業務など幅広く経験を積むことができ、これらの経験が食品安全の審査で役立っています。
次の調査専門会社では損害保険の賠償が伴う案件の原因調査を行いました。事故発生現場での調査をはじめとして関係者へのインタビューなど、3,000件、10,000人を超える関係者への調査を経験しています。この経験を通して第三者からの信頼は、客観的事実や証拠によって得るものということを知りました。ISOマネジメントシステムではリスクが重視されていますが、そのリスクを分析する行程は、事故の調査で発生原因を解き明かしていくプロセスと重なるところが大きいと感じています。
2. 中小企業診断士として企業支援にやりがいを感じる
Q.中小企業診断士としても活躍していたそうですね。
実は実家の惣菜店の経営が厳しくなった際、自身が力になれなかった経緯もあり、中小企業支援に関心が高まって、中小企業診断士を志しました。
中小企業の経営診断では、チームを組んで支援先企業に訪問し、数日間にわたって担当別に分かれて、調査、分析、診断、報告・提言を行います。ここで経営者面談や現場視点でのヒアリングのスキル、あるいはチームワークのとり方など幅広い内容を学ぶことができました。
支援先企業の経営に対し、自分はどう向き合い、具体的に何ができるか、常に考えて実行する。このような企業支援という仕事、とくに中小企業の力になることに大いにやりがいを感じていました。こういった価値観は、日本能率協会での仕事にも共通するところですし、審査という業務にも通じています。
Q.ご紹介いただいた経験を踏まえて、審査で求められる審査員の能力とはどういったものでしょうか。
1人の審査員の能力という面では、大きく3つあると考えています。まず「客観的事実に基づく厳格な判断をする能力」。次に「審査結果や所見を組織や審査チーム、判定委員といった他者に的確に伝える能力」。最後に「審査先の業態・業種に関する専門分野の知識や業務経験に基づく観察力」です。
審査という面でいえば、“個”だけでなく「チームワークとリーダーシップ」も重視されるべきでしょう。ISO審査はチームを組んで行うことが多いので、チームとしての力が欠かせません。その完成度を高めるのがリーダーやメンバーに求められる力量となります。
また、すべてに共通するところとして、“組織に対する思い”というのも審査の品質に大いに影響があります。
3. 審査員も組織にあわせて成長が欠かせない
Q.お客さまに喜ばれる審査とはどのようなものでしょうか。
審査先組織に合った審査をすることが最も喜ばれると考えています。そこには厳しさと同時に、思いやりといった人間味も大切な要素として重視されるべきでしょう。
たとえば「審査」を企業が提供する製品・サービスにたとえて、Q(品質)・C(審査料金)・D(納期)の観点で考えてみます。私自身はこの中では、まずQ(品質)を大切にしています。「審査」が形あるモノではない以上、毎回、まったく同じ品質で提供することは難しいでしょう。審査員は人であり、組織側も人で構成された組織体ですから、昨年と今年、今年と来年では変わっていくはずです。その時のその組織に合った審査をしていくのが理想であり、喜ばれるのではないかと思います。
審査員という仕事は時とともに成長していくべきものであり、うかうかしていると後退しかねないはずです。私自身、スキルと経験は常に向上させていく心構えを持っており実行しています。
4. トップインタビューで深堀ポイントをつかむ
Q.では、お客さまに合った審査とはどのようなものですか。
「その組織にとって何が重要なのか?」、ここをしっかり把握した上で、関連するプロセスについて深堀りするこことで審査の質は高まるものだと考えています。深堀りすべきポイントを把握するために重要なことは、「そもそもその組織は何をやりたいのか?」「審査には何を期待しているのか?」といった質問を通して得られる情報です。
そのために、審査の初期段階で行うトップインタビューで、組織の課題や向かうべき方向性を確認させていただき、続いて行う事務局インタビューでさらにそれらを具体的につめて聞いていくようにしています。審査に対するトップからの期待は、経営者自らが見切れない部分を代わりに確認して欲しいといった内容も多いように感じます。
第三者とはいっても、組織トップや事務局と同じ視点ももって、部門審査や現場審査を進めていきます。
Q.審査員はトップの視点が求められるのですね。
審査現場ではその組織全体や経営者の立場から見ていくので、現場の立場からは「ISOの審査で、なんでこんなことを聞くの?」といった違和感を抱かれることもあるようです。そういった場合には、目的や理由をきちんと伝え、理解してもらうことが大切です。こういったコミュニケーションは、前職の経験が活きているように感じます。
5. 組織特有(固有)の「重要管理点」を見出す
Q.審査現場で注意しているポイントについてお願いします。
まず1つ目は、「自分の思いを所見にしないこと」です。審査員の指摘やコメントは、発生事象など客観的事実や、審査基準であるISOマネジメントシステム規格などの「組織のあるべき姿・しくみ」に基づくべきです。ここでは自分の常識を基準にはしないという点に注意が必要でしょう。
次に2つ目は、「審査先組織にとっての重要管理点は何かを常に考え、それを軸に審査すること」です。ここでの重要管理点とは、HACCPプランで使われているCCP(重要管理点)とは少し異なります。ここでは、組織の事業や製品づくり・サービス提供というプロセスの核となる部分を意味しています。すなわち「ここをおさえておかないと、組織の品質全体に大きな影響がでてしまうところ」です。ここをしっかり把握することが、審査についての準備段階から実際の審査業務の拠り所となる考え方につながるのです。組織特有の重要管理点を探る際、組織側の視点に立つこと、さらにその視点をユーザーまで広げることが欠かせません。調べれば調べるほど、考えれば考えるほど、見えてくるものがあります。
6. 事前にしっかりした「審査ストーリー」をつくる
3つ目は、「事前にしっかりした審査ストーリーをつくること」です。2つ目で重要管理点を見出したら、次に「この審査で何を知りたいのか?」という審査プロセスの核となる部分を設定します。その核となるものを実際に確かめるためにどういったストーリーで、どういった項目を見ていくかを考えて、審査全体の流れをつくり、どこで規格要求事項を確認すべきか紐づけて把握していくのです。これはオーディットトレイルという審査手法の一種ですが、しっかりした審査ストーリーがあれば、審査現場で質問する際、どんな目的のために、何が知りたいのかといった、その意図や目的が伝わりやすくなり、受審側とのコミュニケーションがより的確かつスムーズになります。
今あげた3つの注意点のスキルについては、机上学習も必要ですが、実際の審査経験を積むことで伸びていく面が強いと感じています。とくに先輩審査員による経験に基づいた教えが参考になっています。
7. 審査の良さは自身で考えること 審査員はそのお手伝いをする
Q.審査のどういった点にやりがいを感じていますか。第三者認証審査は、コンサルティングとは異なり、具体的な解決策は提示できず、組織側に”気づき”を与えることが重視されます。これは組織支援を志すものとして理想の形だと考えています。
確かに具体的な解決策をお示しすれば組織側はその場では有難いと感じるはずです。しかし長い目でみれば、そうしたやりとりは組織自身の力量を向上させることにつながりませんし、逆に依存性を高めてしまいかねず、力量を高めていく仕組みを骨抜きにさせてしまうおそれもあります。
指摘されたことに対して、どのように改善していくか、それを組織自身に検討してもらう。誰かに教えてもらうのではなく、自身で考える、第三者認証審査の良さはこの点にあると考えます。
8. 審査員は自分の言葉に責任を持ち、組織とともに考え抜く
もちろん、この良さを実現するには審査員にも相応のスキルが求められます。組織側がいろいろ検討を重ね知恵を出した改善案を検証するには、審査員側もその内容を見極める力が求められるのです。指摘したまま、投げっぱなしということでなく、同じ方向性でともに考え抜く。審査員としての視点・考えを理解していただき、一緒に成長を実感できれば、これ以上にやりがいがある仕事はないと考えています。9. OHSMSは働く上で欠かせないしくみとして存在感を増していく
Q.OHSMS技術部長の立場から労働安全衛生マネジメントシステム(OHSMS)の必要性をご紹介ください。OHSMSは「働く人」の業務上の疾病や傷害を事前に防止することを目的としており、人の健康や生命全般をターゲットとしたマネジメントシステムです。その一つがISO45001ですが、これは労働安全衛生に焦点を当てたISO(国際標準化)規格です。この規格が求めているしくみの中には、メンタルヘルスや過重労働への対策なども効果的に盛り込むことができます。ですから「はたらく環境改善」に向けて効果的なツールとして機能することが期待できるのです。
●OHSMS審査員として、SDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」も意識しています。
第三者認証制度が、対外的なアピールを目的としている側面もあるため、人材を守る労働安全衛生は品質や環境といった他の代表的なISO規格と比べると、現状の市場規模は限られています。しかし、紹介したとおり「人」を守ることが目的ですから、社会的な意義は大きく、働く人にとって欠かせないしくみであるため、今後必ず、その存在感は増していきます。
これまでは労働災害(安全面)の予防のために広まってきましたが、今後は業務に関わる疾病(衛生面)もカバーするしくみとして、より多くの企業にこの規格の良さを知ってもらう動きが、審査機関の立場からは必要だと考えています。
*JMAQAでは「コミュニケーション」を重視しています。連載に登場する審査員はどのように考えているのか、ご紹介していきます。
審査現場における「コミュニケーション」
受審側の方々はその道のプロフェッショナルです。ですから審査現場でのインタビューもしっかり敬意をもっていろいろお聞きするように心がけています。そのお仕事の理解に努めることで、いろいろなことを教えてくれることが多いのです。
もちろん聞くだけでなく、審査員として自分の言質について責任をもって、ともに考えていくというスタンスも意識しています。組織側の視点に基づいたコミュニケーションを心がければ、見えてくるものが変わりますし、同じ視点を持つことで、お互いの成長を一緒に感じることにもつながるのです。
組織にとっての「コミュニケーション」
ISO規格には、「コミュニケーション」という要求事項があり、情報や意識を共有することの重要性が謳われています。労働安全マネジメントシステム・ISO45001でも、「参加と協議」といった要求事項があり、自社の社員だけでなく、協力会社にも、様々な重要な決定事項に意見を求めています。「リスク」と「機会」をとらえ、企業の成長につなげるには、みんなが一丸になる必要がある(=コミュニケーション)ということを説いているのだと理解しています。
しかし、現実の難しさも感じています。インターネットを使った情報通信ツールの発達によって、コミュニケーション方法は多岐にわたり、便利になっています。しかし、その利便性が逆に発信主義に陥っていると感じています。例えば、「その件については、既にメールで配信しているのだから、あなたが知らないことについて、こちらには責任ない」ような風潮になりつつあるのではないでしょうか?
古い人間と言われるかもしれませんが、やはりFace to faceの声掛けや確かめ合うようなコミニケションが一番ではないかと考えています。
藤原 登紀生(ふじわら ときお)
日本能率協会審査登録センター(JMAQA) 審査部OHSMS技術部長
1997年4月~食品製造業(コーヒー豆)、2004年6月~損害保険調査会社(事故原因調査)、2015年4月~日本能率協会(審査・検証センター)。中小企業診断士、経営管理修士。