【審査員最前線 第2回 日本能率協会審査登録センター(JMAQA)専任審査員 中原 登世子】
審査員最前線 第2回
医療・介護分野の審査を通して
組織マネジメントにおける
リスク低減とパフォーマンス向上を支援
日本能率協会審査登録センター(JMAQA)専任審査員 中原 登世子
今回登場する中原登世子氏は、1991年にISOマネジメントシステム審査員としての活動をスタート。食品を含む製造業、IT産業、サービス業、技術商社など幅広い分野の審査を担当し、介護保険制度がはじまった2000年以降は医療・介護分野で、関連書籍を出版するなど高い専門性を備えた審査員として活躍しています。連載「JMAQA審査最前線」2回目は、25年以上の審査員キャリアを持つ中原氏に、審査員としてのセールスポイントややりがい、お客様に喜ばれる審査等について聞きました。
1.医療・介護分野の審査では高い専門性が求められる
Q.審査の得意分野について教えてください。
ISO審査員として食品を含む製造業、IT産業、サービス業、技術商社など幅広い分野を担当してきましたが、中でも医療・介護分野を専門としています。この分野の審査員には国の制度や法規制、医療技術の知識など、高い専門性が求められます。
その理由は、医師や看護師をはじめ薬剤師、臨床検査技師、放射線技師、リハビリのセラピスト、臨床工学技士、管理栄養士、介護職、相談員、ケアマネジャー等といったさまざまな専門家と、コミュニケーションをとることが必要だからです。審査を担当するにあたっては、医療・介護分野の業務プロセスを熟知しておき、審査現場では複雑な手順・プロセスの説明していただく時間をなるべく抑えて、審査そのものの時間をより多くとるようにしています。
Q.医療・介護分野の専門性はどうやって身に付けたのですか。
基本は勉強することです。もちろん資格も専門性につながります。診断情報管理士の資格を取りましたが、そのためには病気、検査方法、治療方法等に関する知識が必要で、カルテを読めるこなせるレベルの知識を身に付けました。また、介護に関する理論も大学と大学院で健康福祉科学を通算12年間履修し、介護福祉士実務者研修(旧ヘルパー1級)も修了しました。2000年に介護保険制度がスタートしてから、医療・介護分野の審査を数多く担当してきていますが、資格や知識をベースにした上で、職業専門家であるための自己研鑽を常に怠らないことが重要だと考えています。
例えば医療分野では新たな薬剤、デバイス、治療技術等が出てくるので、関連情報を常にアップデートしておくことが必要です。そこで、医療・介護分野の専門家が参加している各種学会に入会し、学術研究大会等にも毎年参加しています。
Q.専門性を高めておくことで、審査がスムーズに行くのですか。
審査では、審査先に審査料金に見合う納得感を持っていただけるように心がけています。以前、ある病院長に、「医師を審査員の前に1時間、座らせます。腕の良い外科医が手術をすれば相当の医業収益があげられます。それに見合うだけの結果を、審査を通してご提供いただけますか」と言われたことがあり、こうした期待に応えられる審査を目指しています。
2.審査現場では良い点を見つけ出すことも重視
Q. お客様にはどういう場面で喜んでもらえますか。
審査現場では、すばらしい取り組みがあった場合、しっかり賞賛するようにしていますが、その際、理由もあわせてお伝えします。褒められることは仕事の意欲の向上につながりますし、どんなことが評価されるのかが分かるので喜ばれます。すばらしい取り組みは、トップにもしっかり伝えます。クロージングミーティングでご報告すると、「現場がこんなこともやっていたとは知りませんでした。驚きました」などと感謝されることが多いですね。
ですから審査員の力量として、現場の取り組みや仕組み等について良い点を見つける力も重要です。何が良いかが分からないと、褒めようがないからです。
Q. ISO審査とは悪い点を指摘するだけといった誤解もあるようです。他にはどんなことがありますか。
良い点とも重なりますが、受審組織自ら気付いていなかった問題点を見つけ出して、客観的事実に基づいて審査所見(不適合・観察事項)としてご提示して、改善の契機になるようなことをお伝えすると喜ばれます。
もちろんその際、規格を振りかざして一方的に伝えるだけでは納得されないことがあります。患者さんや利用者さんなど医療・介護を受ける方やそのご家族、あるいは施設で働く方の立場に立った上で、規格用語はできるだけ使わずに分かりやすい説明を心がけています。
また、審査に付加価値をつけることも喜ばれています。例えば同規模の病院がどのような取り組みをやっているのか、他の組織の情報なので具体的に紹介するわけにはいきませんが、一般的な話にたとえて改善へ向けての取り組みを示唆する内容を示すこともあります。同業者の取り組みはやはり気になるようです。コンサルティング行為にならないように、唯一の解を示すのではなく、いくつもの考え方などを紹介して、あくまでも受審組織ご自身に考えていただけるようにしています。
あと、コンプライアンス違反に関連する指摘も喜ばれます。ISO審査は順法審査ではありませんが、違反があれば必ず指摘します。行政監査等で違反が見つかればペナルティが課せられるので、それより前にISO審査の指摘で改善しておく機会が得られるから、感謝されるのです。
Q. 組織の登録平均年数が伸びています。審査で、毎回、喜ばれるような審査所見を出すことはできるのでしょうか。
ISO審査ではマネジメントシステムの運用面を中心に確認させていただきますが、毎回、いろいろな所見が出てきます。医療・介護分野の仕事はヒューマンサービスが中心であり、仕組みが出来ていても人を介すので、運用面ではさまざまな問題が生じてきます。機械的なマニュアルで一律的な取り組みにすることはできないからです。
また、例えば医療サービスを提供する業務プロセスは変わらなくても、新しい医療技術や医薬品は次々と登場しています。あるいは、今まで起きていなかった医療事故が起きれば、必要に応じて予防対策が求められるのです。ですから審査では、プロセスが確立していることを確認した上で、こうした新しい要素がしっかり適用できているか見ていきます。
3.「質と安全」と「感染」のリスクを確認する
Q. 医療・介護分野のサービスにはリスクが伴いますが、どんな点に注意しますか。
医療・介護分野におけるサービス提供は、場合によっては生命にダメージを与えかねないので、そのサービスの提供行為に関する「質と安全」については最重要視されています。病院では医療安全管理委員会等を設置して、質と安全に関して検討しさまざまな対策をとっています。ですから審査においても、関連するマネジメント状態については、毎回、しっかり確認させていただきます。
また、「感染」への対策も最も重要な項目の一つであり、院内感染対策委員会等を設けて組織全体で予防活動を展開しているケースが多く、こちらも毎回確認させていただきます。
医療・介護分野では、もともと「質と安全」と「感染」をリスクという観点から考えていく必要がありましたから、ISO9001や14001は2015年版になって予防システムの機能が強くなったので、規格要求事項がより有効に活用されるようになりました。医療・介護の現場実践とISOマネジメントシステムとの親和性が一段と高まり、審査でもこうした点を確認しています。
さらに、2015年版では経営リスクが重視されるようになったので、例えば中期経営計画や地域医療構想等といった中長期の経営視点からのマネジメントについても見ていきます。
4.ドナベディアンモデルとBSCを活用してパフォーマンス向上へつなげる
Q. 2015年改訂でパフォーマンスが重視されるようになったことで経営とISOシステムの融合がさらに進んでいます。どのような審査を行いますか。
まず、提供したサービスそのものを「アウトプット」、サービスが提供された結果、患者さんや利用者さんに生じた変化を「アウトカム」と位置づけます。
その上で、サービスを提供する「プロセス」についての指標と、アウトプット指標とアウトカム指標との関連を分析することで、プロセス改善につなげていくことができます。また、「ストラクチャ(=人的資源・インフラストラクチャ等)」に関する指標を監視することで、マネジメントの強化も実現します。
ご紹介した「アウトプット」「アウトカム」「プロセス」「ストラクチャ」の関係は、「ドナベディアンモデル」と「バランスドスコアカード(BSC)」の考え方を用いると、図表のようにうまく整理できて分かりやすくなります。あくまでも考え方の例であって、こうでなければならないということはありません。
医療・介護分野でのマネジメントには、「学習と成長」の視点で職員の力量を高めて(=ストラクチャ)、力量の高い職員が良い仕事をするようになり(=業務プロセス)、サービスの質が高まり(=顧客の視点でのアウトカム)、その結果、経営もよくなっていく(=アウトプット)というつながりがあるのです。この関連を明らかにすることで、個別のケアの要素についてもつながりがよくわかります。
例えば図表では、「感染・新たな疾患の予防」「安全」「認知症」「ターミナルケア」等の要素を挙げています。職員がどのように力量を向上し、どのように業務プロセスを改善していけば、患者さんや利用者さんによいアウトカムが生じて、経営にもプラスに機能するのか、関連が目に見えるようになります。
審査ではその組織の運用実態を質問し、回答された内容を表の中に記入して、「こういうことですね?」と一連のつながりを確認させていただくようにしています。つまり、組織の状況を把握して整理し、体系化して可視化する過程を、審査の中で共有しているのです。
5.受審組織の方々と、組織の成長やサービスの質と安全の向上の歴史を共有
Q. 審査でやりがいを感じる点について教えていただけますか。
20年来、担当させて頂いている組織が複数ありますが、組織規模の成長・拡大、サービスの質と安全の向上の歴史を共にしてきたという実感が得られています。若かったご担当者が、年を経て係長になり課長になり、優れた管理者になったことを目の当たりにできることも楽しみのひとつです。ISOマネジメントシステムの導入・運用のご経験の蓄積と、私たちの審査も少しは役立っているかもしれない、と思っています。
また、以前はアンチISOだった、臨床一筋の医師の先生がご自身のマネジメント力に覚醒され、自ら率先して動かれるようになったケースがありました。一度は認証返上のご意向でしたが、続けてみて役立つことを実感されたようで、審査を担当させていただいてよかったと感じています。
さらに、審査にうかがって、前回の審査所見にしっかり対応され、改善につなげていただいていることが分かるとうれしいですね。改善自体を楽しむ文化が定着した組織は多くあります。職員の方々が、いちいち指示されずとも、自ら改善に取り組むようになったそうです。こうしたケースがあるとやりがいを感じますし、今後も受審組織の皆様に喜んでいただける審査を目指していきます。
*JMAQAでは「コミュニケーション」を重視しています。連載に登場する審査員はどのように考えているのか、ご紹介していきます。
審査員にはその場の状況に応じたコミュニケーションが欠かせない
審査において判断をする際、事実に基づいている必要がありますが、そのためには的確な情報が欠かせません。その情報を集めるための最も効果的な手段のひとつがコミュニケーションです。
このコミュニケーション能力については、審査員になる前から身について方もいるようですが、理論を学び、その技術についてもトレーニングを受けることが理想的でしょう。私自身、大学で理論を学ぶ機会に恵まれ、日頃から学んだ理論に基づいたコミュニケーション技法のスキルアップを心がけています。
審査現場でのコミュニケーションについては、基本的なことですが、相手に敬意を払い丁寧な言葉と態度でやりとりします。初対面の方とは、5分以内に「この人には話をしてもよい」と思ってもらえるよう、相手の表情や態度を読み取りながら、即時に関係性を構築するよう努めています。こうしたコミュニケーションを行う前提として、高い専門性を身に付けておくことが欠かせません。
あと、審査では、正しいと思っても口に出す時はその場の状況に応じたコミュニケーションが必要です。こちらの言い方次第では、ときには受けとめきれず感情的になられたり傷つけたりするケースもあるからです。
あくまでも自ら改善点に気づいてもらうことが大切であり、指摘を納得して受け入れていただける状況につながるコミュニケーションをとるのも、審査側の努めだと考えています。
日本能率協会審査登録センター(JMAQA) 専任審査員 中原 登世子(なかはら とよこ)
総合商社事務職から1988年に外資系製品安全検査会社に転職、ここで製品認証業務とマネジメントシステム認証業務に携わり、1998年に独立開業と同時に日本能率協会審査登録センター専任審査員。2000年の介護保険法施行を機に保健、医療、福祉事業の評価業務に従事。株式会社クオリティヘルスケア研究所代表取締役、特定非営利活動法人衆園理事長、ISO品質・環境マネジメントシステム主任審査員、診療情報管理士、中小企業診断士、社会保険労務士、介護福祉士実務者研修修了。早稲田大学修士(人間科学)