【連載「ISO9001を導入して品質を向上せよ」第2回(後編) IMS技術部長 郡 要二】
連載「ISO9001を導入して品質を向上せよ」
第2回
サービス業における品質マネジメントシステムの活用方法
プロセスアプローチで顧客ニーズに対応せよ(後編)
日本能率協会審査登録センター(JMAQA)審査部 IMS技術部長 郡 要二
*取材時の所属・肩書になります。
連載「ISO9001を導入して品質を向上せよ」の2回目のテーマは、「サービス業における品質マネジメントシステムの活用方法」です。郡要二IMS技術部長による解説記事を前編、後編に分けて紹介します。郡部長は、ISO審査員としてさまざまな業界の審査を担当してきましたが、とりわけサービス業に関しては日本能率協会審査登録センター(JMAQA)内でも随一の審査経験を誇ります。その豊富な経験に基づいた詳説を2回に分けて行います。(参考:前編はこちら)
1.審査員の強みは横断的な見方ができる
Q.審査員は組織全体を見渡すことができる立場にあります。
仕組みや手順についてよくあるのが、担当者や担当部門が力を入れて充実しているプロセスがある一方、トップが希望する本来充実させるべきテーマに関連するところが手薄な状態なままになっている、バランスが悪いケースです。こうした場合、組織として全体最適を図る必要がありますが、横断的に見ることができる審査員という立場だからこそ、この問題に気づいて指摘することができるのです。
2.プロセスを追加する場合、その意味合い考える
Q.システムがしっかり機能しているかはどういった点で確認するのですか。
顧客関連に限らずさまざまなプロセスにも関係してきますが、チェックシートの例をご紹介します。まず、使っているシートがあるなら、そのつけ方を含めてシート内容を確認させていただきます。
例えば項目がやたら多かったり書き込む行間が狭かったりするなら、あまり使われていない可能性があります。逆にたくさん書き込まれていても必要以上なら、時間というコストが費やされている可能性もあります。あるいは項目がピンとはずれでいい加減なら、チェックがおざなりになり、現場の問題抽出にはつながっていかないでしょう。さらに、シートの使い勝手がよくなければ、チェック自体が形だけになってしまうおそれもあります。
また、チェックや検査の回数自体に問題があるケースもあります。例えば審査で「このチェックをダブルで行う理由を教えてださい」と聞くと、「こういうクレームが起きたので、対策として〇×をやっています」、さらに「別のクレームが起きので、新たに別担当にやってもらうことを加えました」といった説明が続くケースがあります。顧客はチェックや検査の回数が増えてもコストや納期に影響がなければ受け入れるはずです。このように実際に何か問題が起きた時の対応において、単純に「もっと強化しよう」などとチェックの回数や項目を増やすケースはしばしばあるはずです。
もちろん二重、三重のチェックが必要なケースもありますが、増やす意味合いをしっかり考えもせずに無目的にやるだけでは工数が嵩む一方になるはずです。
ここでの大きな問題は、真の原因に行き着いていないことです。当然、是正処置はされず再発のおそれが残っています。例えば、クレームが出てもその場しのぎで、「申し訳ございません。対策としてチェック項目を増やします。人手をかけて〇〇をします」などと済ませているケースはあるでしょう。クレームが発生して謝罪に伴うコスト、場合によっては失注につながる、こうしたことを考えたら、何がいいのかは言うまでもないはずです。
3.方法・モノ・ヒト・指標の4要素からの分析
Q.担当以外、例えば前後の工程を巻き込むことが面倒なのでそのままといったケースもあるかと思います。
問題の原因をつかもうとする際、前後を含めて担当プロセス以外も見ていくことも大切です。プロセスアプローチで問題に向き合っていく、すなわちプロセスの視点で何に起因しているのか、つながっているプロセスにも着目しておくのです。その際、基本的な見方は方法・モノ・ヒト・指標の4要素からの分析です。管理の仕方か、人や機械などの資源か、製造手順の問題かもしれません、あるいは担当者の理解が間違っていたり浅かったりするなど、いろいろな原因がありますが、管理に関連する問題に拠るケースが多いようです。
4. 今こそ俯瞰力を身に着けよう
Q.ここでも人に関わることに着目していくわけですね。
人の管理に関連しますが、モノゴトを見る力が落ちていることも気掛かりです。例えば、担当業務の権限以上に仕事全体を見渡すことができる力のある人材が減っているようです。モノゴトを俯瞰する力があれば「あそこのあれが起きたときはここが関係しているはず」などと、問題の原因が見えてくるのですが、以前は現場にはこういった見方ができる人材がいました。確かに業務プロセスが複雑化する一方で、全体のつながりを把握するのは昔よりはるかに難しくなっているという事情も関係しているとは思います。
しかしながら今だからこそこうした人材が求められており、先ほどのプロセスアプローチの見方を含めて、しっかり問題点に行き着ける俯瞰する力を備えた人材の育成を行うことも大切でしょう。以前は、勘と経験、度胸など個人の資質に頼っていた箇所も、最新テクノロジーを使い見える化などで組織として共有できるはずです。もちろん、すべてを人で対応していくのが難しいなら、その一部を置き換えてみるものいいでしょう。
Q.例えばAIならどのような活用ができうるでしょうか。
クレーム関連で可能性があると考えています。過去のクレーム事象、その原因などに関するあらゆる情報について蓄積して、そのデータをAIで分析すれば、有用なアウトプットが期待できるはずです。例えば、「〇〇工程でブレがあると最終検査でクレームにつながる不良が増える。そのブレが生じるのは最初のインプットであるニーズの把握に問題がある事例が多い」などと傾向がつかめるでしょう。
Q.続いて審査の指摘についてうかがいます。
指摘についてはその意図を明確にすることが大切です。受審組織には何をしていただきたいのか、それによって担当者や組織はどんなメリットが得られるのか、さらに、組織全体にとってどういった利益につながっていくのか、製品・サービスのエンドユーザーに対するメリットまで説明できれば理想的です。 指摘についてはその意図を明確にすることが大切です。受審組織には何をしていただきたいのか、それによって担当者や組織はどんなメリットが得られるのか、さらに、組織全体にとってどういった利益につながっていくのか、製品・サービスのエンドユーザーに対するメリットまで説明できれば理想的です。
また、審査員は指摘を出す際には、受審組織の管理工数が増えるかどうかについて注意が必要です。指摘内容によっては受審側に余計な取り組みを強いることになりかねないからです。審査では、より多くのコメントを期待される場合もあるので、しっかり見極めることが必要でしょう。
Q.審査では人が介するソフト面を重視していることが分かりました。
確かにハードに触れることはソフトよりは少ないかもしれません。例えば、生産機材について故障が頻発して生産計画へのダメージが大きいなら、会社の死活問題になりかねないでしょう。こういった大きな問題なら企業ご自身が真っ先に判断するので、あえて審査で取り上げるまでもないのです。
もちろん一切触れないわけではありません。生産機材なら減価償却が済んだ後もまだ活躍している、ただし点検・整備の手間がかかるわりに稼動率がよくなく現場に負担がかかっているケースはあるでしょう。こうした状況なら、コストという観点から指摘をすることはあります。「社長、停止することによるコストアップは〇×になっており無駄ですよ!」などと話をさせていただくのです。
5.ISO9001をコスト圧縮で生かす方法
Q. ISO9001の導入、運用自体がコストと見なされるという話を聞きます。
ISO9001はあくまでも管理ツールです。最適な管理を選んだ上で、その管理コストをいかに下げるかに主眼が置かれているのです。ですから、コストダウンや収益改善については、無駄なプロセス省くことなどで、程度の差はありますが実現できるはずです。
一方、 ISO9001によって人件費については若干増える面もあるでしょう。もちろん使われていない様式や記録が新たに加わって手間だけが増えているなら、必要かどうか見直してみることが必要です。ですが、手を抜いているために不良がよく起きて防ぐためのチェックの手間が増えているケースなら、不良の減少分によるメリットと管理コストの増えた分を天秤にかけて判断してみてください。
コストに関連してあらためて強調しておきたいのは、プロセスアプローチとは単にプロセスを増やせと言っているのではない点です。分かりやすくいうなら、顧客要求の品質について作り込みをする際に、プロセス単位で考えていくことを求めている、といえばいいでしょう。このプロセス単位の見方によって、各プロセスやプロセス全体でどれだけ無駄があるかを洗い出します。そして省いた無駄の分の資源を重点箇所に回すのです。
6.全体最適で収益アップにつなげる
Q.全体最適という考え方ですね。
まず、顧客に満足いただける製品・サービスを提供するためには、総コストがどれくらいかかるのか、そのための効率的な資本の投資割合を考えていくべきです。全体最適の考え方ですが、別の言い方をすると、各プロセスにメリハリを付けていくことです。重点を置くべきところ/置かないところを見極める判断が必要になってきます。
また、プロセスについては、中身についてやり方の見直し、新しいツールへの代替などによって、コストダウンにつながることがあります。例えば空港での搭乗のチェクイン方法について、カウンターの対面形式をスマホへ移行させることで、人件費圧縮につながります。もちろんセキュリティの問題などを勘案しながら簡略化できる程度を見極めていくことは必要です。
従来、「人手を使って手間暇をかけるしかない」「機械などでは対応できない」と考えられていたことが、技術革新などによって代替できるケースが増えているはずです。そこで浮いた資源を他に振り替えていくことで、収益の改善につながっていくのです。
Q.その収益改善に向けてISO9001の品質マネジメントシステムはどのように機能しますか。
例えば、余力を製品・サービス開発に振り向けることで、売上アップの可能性が高まるはずです。また、現状の仕組みや手順について改善を重ねることで、コストダウンにもつながっていくでしょう。
ただし、ISO9001はPDCAサイクルを回すことで継続的改善を求めていますが、どの程度まで見直すかははっきりとは触れていません。どう捉えて取り組むかは各組織の判断によりますが、見直しを図ること自体、コストダウンにつながる可能性があり、その分、収益は確実によくなっていくはずです。
また、売上アップという機能もISO9001は弱いでしょう。例えば、設計開発の要求事項にも示されているように、どんな技術開発をするかまでは触れていないからです。ここではマーケットに聞きなさいとは言っていますが、どのように開発しなさいとまでは求めていません。もちろん顧客のニーズを聞く仕組みはどの組織も持っているので、実際に製品・サービスを具現する力は企業の努力次第によるということです。
Q.先ほどから紹介されている、余力を生み出していかに振り分けるかといったことですね。
「QMSに取り組んだら管理コストが上がった」といった話を聞きますが、やり方が間違っているケースが多いと思います。ISO9001が求めているのは、プロセスアプローチであって、仕組みや手順などが新たに加わるかどうかは、現状次第です。むしろ「こんな観点で既存の仕組みや手順を見たら、要らないところもあるのではないか」と見直しを行うことで、管理コストを下げることにもつながっていくのです。
ここまでご紹介したことはあくまでも一例ということをご理解していただき、自分たちに役立つようなところをご参考にして、ISO9001の品質マネジメントシステムを大いに活用いただくことを願っています。
日本能率協会審査登録センター(JMAQA)
審査部 IMS技術部長 郡 要二(こおり ようじ)
組織・行動科学関係の学科を専攻後、マーケティング・シンクタンクにて各種マーケティング研究・調査、消費財系の流通マーケティング実験、店頭品質マネジメントなど各種マーケティング・リサーチ業務、CVS(コンビニエンスストア)研究などの業務に携わる。その後日本能率協会に入職。QM(クオリティ・マネジメント)、CS経営分野の各種研修・教育プログラムの企画・開発・販促・運営・品質管理・改善の一連業務、コンベンション関連業務(サービス産業(全般))、『JMAサービス優秀賞』の開発・運営・審査・表彰の一連業務などを担当。その後、ISOマネジメントシステム関連の研修プログラムの企画・指導業務を経て、現職に至る。現在、QMS,ISMS,クラウドセキュリティ(CLS),マーケットリサーチサービス製品認証(MRSPC),道路交通安全マネジメントシステム(RTSMS)の主任審査員、EMS審査員。