【労働安全衛生】ISO45001について国内審議委員会委員長・向殿 政男 氏に聞く
ISO45001が求めるトップダウンと
日本独自のボトムアップ活動によって
労働安全衛生の水準はさらに高まる
取材先:明治大学名誉教授(ISO45001国内審議委員会委員長)向殿 政男 氏
労働安全衛生マネジメントシステム規格・ISO 45001が2018年3月に発行されました。規格を構成する要求事項では、組織のために働くすべての人々が、安全かつ身体と精神の両面で健康的に働くための労働安全衛生の仕組みを構築することを求めています。労働安全衛生に関する取り組みについては、企業経営において最重要課題のひとつと見なされ、長年、さまざまな活動が現場を中心に重ねられてきました。
今回、国際規格であるISO45001が登場したことで、日本の労働安全衛生の取り組みにどのような影響があるのか、向殿政男 明治大学名誉教授にお話をうかがいました。向殿氏は、ISO(国際標準化機構)においてISO45001の規格開発を担ったISO/PC283に日本の意見を取りまとめる国内審議委員会委員長としてISO45001の規格開発に携わってきた方です。
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1.ISOで幾度も否決されてきた
国際規格化が遂に実現
Q.ISO45001が2018年3月に発行しました。規格の開発がはじまってから発行に至る迄に時間を要したと聞いていますが。
ISO(国際標準化機構)において、ISO45001の国際規格の開発が正式にスタートしたのは2013年6月です。規格開発を担当するISO/PC283が設置されて、議論がはじまりました。実はそれまでもISOの中で、労働安全衛生マネジメントシステムの国際規格を開発する提案が幾度も出されていたのですが、否決されていました。この状況が変わり開発へ動きだした背景にはILO(国際労働機関)のスタンスの変化があります。
ILOは労働安全衛生の取り組みに関しては、世界的な権威であり、長年、その活動に関して世界中をリードしてきました。そのILOの考え方は、労働安全衛生の取り組みとは国や地域、あるいは民族や文化、習慣等によって変わってくるものであり、それぞれのローカルルール等を最大限尊重すべきというものです。
実際、ILOは労働安全衛生に関するガイドラインを公表していますが、あくまでもベースという位置づけで、各国はこのガイドラインを参考に、独自の法律や指針等を作っていました。日本でも厚生労働省がガイドラインを作成しています。
一方、ISOが発行する国際規格(IS)とは、世界中のローカルルール等からよい部分をできる限りとりまとめて、世界のどこでも導入できる基準を目指しているのです。このように、ISOとILOとの間では組織としての理念の違いもあって、労働安全衛生マネジメントシステムの国際規格化に関してはスタンスが異なっていました。そのためにISOにおいて労働安全衛生の国際規格の開発がなかなか実現しなかったのです。
今回、そのILOが一転して国際規格作成の合意に転じました。その大きな理由はOHSAS18001の存在が挙げられるでしょう。OHSAS 18001はBSI(英国規格協会)が中心となった労働安全衛生のためのコンソーシアム規格で、世界の多くの国々で受け入れられてきており、認証の件数も多くなっています。この事実を前にして、それまで労働安全衛生の国際規格に反対していたILOがスタンスを変えて同意したことで、規格開発が始まったという経緯があります。
2.「難産」の末に誕生
多くの議論を経たことで
世界中で通用する労働安全衛生の国際規格へ
Q.ISOにおける規格開発は順調に進んだのでしょうか。
開発の議論自体はなんとかスタートを切りましたが、国際規格の発行までには通常のISO規格作成に要する時間よりだいぶかかっています。その大きな理由は、ILOをはじめ議論に参加したメンバーから多くの意見が出されて議論を重ねる時間が必要になったからです。
ISOでは国際規格として発行されるまでのプロセスとして、WD(作業原案)、CD(委員会原案)、DIS(国際規格案)、そしてFDIS(最終国際規格案)という順で進められ、各段階でメンバー各国の同意を得ることが必要です。今回、CD、DISへ進むそれぞれの段階で事務局がとりまとめた案が否決される事態となったのです。労働安全衛生に関する国際規格に関してはいろいろな考えがあり、それらをまとめる時間が必要だったということです。
このように発行に至るまでは時間がかかり、まさに「難産」と呼ぶような状況でした。ただし結果的にはしっかり議論を重ねたことで、よく練られた内容になっており良かったと考えています。より多くの意見をしっかり反映させることにつながり、世界中どこででも通用しうる非常に有効な中身になったからです。
Q.ISO45001はどのような業種が対象になるのでしょうか。
ISO45001の労働安全衛生マネジメントシステムは、適切に運用すれば労働災害を減らし、職場全体におけるメンタルを含めた安全衛生水準の向上につながるものです。まずはこの点を広くご理解いただければと思います。
労働安全衛生というと、工場や建設現場を考えがちだと思います。ですがISO45001はあらゆる業種業態で導入できる内容になっています。組織規模についても、中小企業でも取り組むことが可能でその大きさは問いません。
Q.ISO45001が発行されたことは国内の労働安全衛生の取り組みにどんなインパクトがあるのでしょうか。
日本の労働安全衛生の活動の水準をさらに高めるチャンスだと考えています。従来からしっかりやってきた現場を中心とした活動を、マネジメントシステムに採り入れることで、今まで以上に効果のあがる仕組みになるからです。
その労働安全衛生の活動については国内でも歴史があり、労働安全衛生法に基づいた効果的な活動等はその一例でしょう。例えば「安全第一」等の標語を掲げて、現場を中心とした実践的な活動を行ってきており、相当な経験やノウハウが蓄積されてきています。この日本の労働安全衛生活動の特徴としては、トップダウンよりボトムアップによってしっかりと対応してきた文化が挙げられます。
一方、今回発行されたISO45001は、労働安全衛生の取り組みについて、組織としてシステマティックに実施することを求めています。とりわけ効果的な仕組みにするためにトップの関与をいろいろな点で強く求めているのです。
ですから、従来から行ってきた現場中心の活動をトップ主導のマネジメントシステムとして動かすことで、より効果的な労働安全衛生を管理する仕組みになると確信しています。
3.日本の労働安全衛生の知見を
JISQ45100に盛り込む
Q.2018年9月にISO45001を日本語に翻訳したJISQ45001が出ました。同時にJISQ45100も発行されています。違いを教えてください。
ISOから国際規格が発行された場合、通常はその内容を日本語にしてJISとして発行します。ISO45001を日本語にしたのがJISQ45001です。このJISQ45001をベースとして、労働安全衛生活動に関する日本国内の今までの取り組みや関連法規等との整合性を図って内容を加えたのがJISQ45100です。
4.中小企業への普及に向けて
自主的な活動も進める環境整備が必要
Q.普及に向けてどのような課題があるでしょうか。
より多くの企業に、JISQ45001や45100を使って効果的な労働安全衛生マネジメントシステムの導入に取り組んでもらうことを期待しています。中小企業で、もし経営的な余力があまりなく審査機関による第三者認証の取得のハードルが高いなら、JISQ45001や45100を参考にして自主的な活動に取り組んでもらえればと思います。まずはやってみて、どれだけよくなったかを検証してみるのです。その上で、外部の専門家の視点が欲しかったり、あるいは対外的に認証が必要になったりしたなら、審査機関の審査を受けて認証取得すればいいでしょう。
審査機関としても、JISQ45001や45100が普及するには大企業だけでなく中小企業に広く取り組んでもらうことが重要なはずです。認証取得には段階的に取り組んでもらえるように、長い目で応援していってもらえればと思います。
また、普及に向けて大企業には大きな役割を期待しています。それは取引先や発注先に労働安全衛生についてしっかりとした対応を求めることです。
例えば建設業の場合、ゼネコン等の元請には発注元として、建設現場における労働安全衛生活動の管理監督責任が求められます。あるいはモノづくりにおいてサプライチェーンはグローバルで長くなる一方ですが、発注元がチェーン上の製造工場の労働安全衛生活動の内容を問われるケースが相次いでいます。もちろんいきなり第三者認証取得まで求めることの負担が大き過ぎるなら、まずはJISQ45001や45100に沿った自主的な活動を促すようなやり方もあるはずです。
さらに、普及に向けた国の動きにも注目しています。厚生労働省では労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針を出していますが、現在、内容の見直しを進めています。その見直し案についてJISQ45100を参考に検討しています。厚労省の指針は法律に近い存在なので、新しい指針がJISQ45100と共通するところが多くあるなら、その普及に向けて追い風になると期待しています。
Q.労働安全衛生マネジメントシステムを構築・運用する企業様に向けてお願いします。
まず、ISO45001へ対応することは、自分たちの今までやってきた労働安全衛生活動を再確認する絶好の機会だということを強調しておきます。ISO45001の規格要求事項と、長年培ってきた経験やノウハウに基づいた自分達の取り組み内容を比較してみるのです。
対応が足りない箇所、導入したほうがより効果的な仕組み等が見つかるかもしれません。逆に過度にやっている箇所が分かるかもしれませんし、あるいは活動自体がマンネリに陥って変化が必要なケースもあるかもしれません。
この機会を、課題を抽出しより効果的な活動や仕組みに改善できるように、再確認の場として生かすことを期待しています。同時に、企業経営の面からも、自社における労働安全衛生活動の位置づけや重要性等について、あらためて確認していただければと思います。
その際、JISQ 45001と45100のどちらかを使うかですが、これからしっかり取り組んでいこうとする場合は前者を使い、今までしっかりやってきた場合は後者を使ってもらえればと思います。
なお、審査機関による第三者認証についてですが、規格の構成でJISQ45100はISO45001をカバーしており、JIS Q 45100認証を取得した組織は、ISO45001も同時に取得した形になるかと思います。
5.「働き方改革」への対応で
ISO45001が有効活用ができる
Q.向殿先生はISO45001が登場したタイミングは国内にとってもちょうどよかったとおっしゃっています。
今、「働き方改革」が話題になっています。政府は2018年7月に「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」を成立させました。この法律は働き方の幅を広げることを狙っていますが、同時に企業には長時間労働の是正をはじめとした職場環境の改善が求められる状況になっています。
こうした動きに示されているように、働き方を変えていくのは時代の要請になっており、職場環境の改善にはすべての企業に実効力のある対応が求められています。ここで活用していただきたいのが、労働安全衛生マネジメントシステムです。
例えばJISQ45100には、メンタルヘルスや過重労働対策等の健康確保への取り組みの計画的な実施等も含まれており、まさに「働き方改革」で職場に求められる内容を備えています。
6.目的は認証取得ではなく
パフォーマンスを重視せよ
Q.ISO45001に関して今後の期待について教えてください。
労働安全衛生への取り組みは「人命」に関わるものです。企業経営において従業員の安全と健康の確保は最優先すべきテーマのはずです。ですから、労働安全衛生マネジメントシステムについては形式的な取り組みではなく、実効性のある運用を期待しています。
マネジメントシステムとはあくまでもツールなので、形式的ではなく本気で取り組むことで結果が伴うものであり、ISO45001はそうした中身を備えています。審査機関からISO45001認証の審査を受けるなら、取得だけを目的するのではなく、運用によって大きな成果につなげていくことをねらって欲しいと思います。
その成果に関連しますが、国内のデータを集めて将来的にISOへ提案できる可能性があると考えています。ISOにおけるISO45001の規格開発において、日本として日本独自の労働安全衛生の活動を盛り込むことを提案しましたが、採用には至りませんでした。ですがそれらの内容はJISQ45100に盛り込んでいます。ISOでは発行した規格の中身について定期的に見直しをかけることになっており、日本におけるJISQ45100の取り組みのパフォーマンスをまとめて、この規格の良さをISOへの提案につなげていけたらと思っています。
最後にあらためてになりますが、ISO45001が出てきたことは、日本の労働安全衛生活動にとっては大変よいことです。この国際規格に対応したシステムがより多くの企業に導入されることで、日本の労働安全衛生活動全般の文化を高めることにつながっていくことを期待しています。
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